2017年7月18日火曜日

「とおくはちかい」横浜公演アンケートまとめ

続けて、「とおくはちかい」横浜公演のアンケートまとめを掲載いたします。
横浜は7月7日から7月9日まで4回公演致しました。
仙台公演同様、誤字脱字などはそのまま反映させております。
どうぞご覧ください。

○7/7 19:30~
・台本の世界が見えにくい。
ナチュラルなお芝居とただ声が小さいのはちがうよーな。
とてもむずかしい。やろうとしたことはわかった。
もっと役者さんを生かしてみてほしい。声が小さくてももっと何か引きだせると思います。←アフタートークの方が言葉がいきてるので(40代)

・砂のシーンがキレイでした。もっと長くてもいいと私は思うけれどまあ妥当なのでしょうね。
止まっているもの、置いてきたもの、思い起こされる対話でした。
2幕目、10年後ということがわかるまでにちょっとかかりました。(40代)

・わかるようでわからないような、わからないようでわかるようなまじるようでまじわらない絵の具の気分でした。
「記憶」も何となく感じて、話す事で覚えていること、現実でおきてるはずなのに空白のように忘れていること。聞いている事のはずなのに忘れていたり。
全部空気に消えていく「言葉」とか対話は不必要なようで必要なのかなと。
アフタートークは第2回「とおくはちかい」に見えた。(20代)

・東京人ですが、言い得なさのあの空気感は胸が1kg重くなった感じがしました。(20代)

・大きな物語に(解読できず)ことへのためらいに共感(多分)を覚えました
岡真理の議論が面白いので未読であればぜひ(20代)

・会場に入って舞台美術を見てもうすでに満足した!笑
後方のミニチュアが可愛い。遠近。遠くは近い。
爆発事故の話、話してたのに、2人とも覚えていないのかあ。
ラジオ、私はフィクションなのかなあと思いつつ、震災のことかなあとか広島の原爆あたりの話にも聞こえて、過去のことにも未来のことにも聞こえた。
ゲストの方の今日告別式だったという現実にもびっくり。私も、最近家族を亡くした親友のことを、観ながら考えていた。75分も座ってるのは疲れる…。(20代)

・劇もトークも、とても良かった。また一晩寝て考えてみます。(20代)

○7/8 14:30~
・会話劇というのを見ないのですが、台詞がストレートに客席に来ないので「覗き見するような気分でご覧ください」という言葉が当てはまる気がした。
第一幕と第二幕を比較して第二幕で話をまとめようとしてか、ストレートに届く、訴えたい台詞が目立ったので、劇を意図的に終わらせようとする感覚になった。(20代)

・公演パンフレットでしょうか、このパンフレットを見ないで作品を鑑賞しました。
どんな設定かを事前に知らなくても十分に話しはつかめました。
このパンフレットを見てから鑑賞したら、入り口から違う印象を持っただろうと思います。
パンフレットを見てから作品をみる人とそうでない人がいるのは、作家さんとしては良いのかな?と気になりました。慣例にならえば問題ないですが、そのくらい言葉と拝啓(設定)の手ざわりが細やかな作品だったので、最後に気になりました。(30代)

・横浜公演おめでとうございます!
事象に対する湿度(→いちばん手触りがあったところ)が、手触りとして感じられた。
ドライ(85%)であったり、ウェッテイであったり(15%以下)→いやほとんどない
いろんないみでドライだから火事になるんじゃ…?
有機的なドライさ。→ナッツ→木材
興味の向け方、ベクトルの大きさ、
風向きが微々として(少しずつ?)変化していってそれをかんじとるのも、“手触り”の一つだったかもしれない。
観ているうちに、彼女たちのドライさにシンクロして、この人たちの言ってることに、私あんまり興味関心ないかもーって思いはじめてしまいました。
役に感情移入するだけが“共感”ではないのだな、とあの雰囲気に共鳴したようなかんじでした。これは、新体験かも。女子ってあんまり他人のハナシにキョーミないよね(笑)→これ わかる。
エラソーに書いてすいません。思ったことをつらつら書いてたらこうなりました。残ステも頑張って下さい。
一幕は消火直後のしめりけがのこっていて二幕は乾いていた。あのときのしめりけを思い出そうとしてもなにか、つかみきれないもどかしさを感じた。“手触り”って、いいですね。ありがとうございました。(20代)

・仙台にいると震災の当事者でいることを求められる。
でも意外と当事者じゃなかったりする。
そのギャップがつかれる。
そういう人たちのための演劇だったのかなと思いました。(20代)

・Bがお茶を淹れに行ったり、あんこの缶詰を取りに行ったりする時に、客側がAと同じように一旦息をついているのが面白かったです。
B(村岡さん)の、おぼえていることと、おぼえていないことの感覚は、よく分かるなと思いました。それと、けっこうみんなそう思っているんだなあと思いました。(10代)

・母親の戦時中の記憶のこと、(覚えてない)思い出しました。ありがとうございます(40代)

・あまり震災の事を初めから念頭に置かないで見てみようと思って見始めました。
で、観ていて頭に浮かんだのは、自分が体験した新潟の中越地震でした。もしかしたら、九州の水害を体験した人は、頭の中で自分の体験に寄せて、水害の事を思い浮かべるかもしれませんね。(40代)

・自然でいい意味で演技していないよう
日常の中から普通の会話を切りとったような演技演出で素敵でした!
後ろの「部屋」のレプリカに砂をかける所で砂煙が照明とあいまってスモークのようになっていてキレイでした。(20代)

・前回よりも見やすい展示になってると思いました。
何気ない会話の中で、ちゃんと話が繋がる文脈とそうじゃない文脈が両方あって、自分の中でお話をつなげる楽しみができました。(20代)

・村長さんに会いに来た♡ザ・女子トークというかんじ。気まずさが伝わってきた(20代)

○7/8 19:30~
・なかなか集中出来なかった
小さく感じた
入れているようで入れてない
入れてないようで入れてる
距離感が難しかったです。(40代)

・ある2人の女性の本当に“日常的”なものを描かれたんだなあと思って、見てました。
どこかで展開されてそうな、“ありそうな”感じというか…。
その淡々とした、抑揚のなさに、こだわりを感じました。
また、意外と語ろうとしても、人はその心の全てを語れないんだということを。
そういう切なさのようなものを感じました。
普段、演劇を見にいくとき、激しいものや、エンタメ的なものが多いので、その抑揚のなさについていくのが、途中途中しんどい瞬間がありました。あえて動きを出さない、制約のある感じは好きなので、話してることそのものが、たまに怖かったりとか、何か演出があるといいのかな~と思ったけど、そういうのを削ぎおとしてるんだろうなぁーとか色々考えちゃいました(笑)また次回作も見にいけたらと思います(30代)

・普段忘れて生活していることをちょっとだけ思いだした気がします。でもきっと明日からまた覚えていないフリをして生活するのだと思います。(20代)

・まじめな二人の距離感が遠い会話でした。震災を久しぶりに思いだしました。(仙台在住時に震災経験)(30代)

・今回縁があって屋根裏ハイツさんの舞台を観させていただくことができました。女性2人が淡々と会話する舞台なのに、むしろ取り留めのなさに引き込まれました。アフタートークの開幕はいきなりすぎてビックリしました。ですが、内容は舞台を作る、空気をつくる点で非常に参考になって楽しかったです。(20代)

○7/9 14:30~
・記憶についての様々な(読み取れず)相が舞台上にのせられている劇として見ました。
役者さんの二人のやりとりが誠実でおもしろかったです。(20代)

「とおくはちかい」仙台公演アンケートまとめ②後半戦

お待たせいたしました。
「とおくはちかい」仙台公演のアンケートまとめ後半戦です。
7月1日マチネから7月3日までの5回分です。
どうぞご覧ください!

○7/1 14:30~
・なにげない会話からの始まり方がとても好みでした。日常のなにげないしぐさや話し方、動き、会話に共感できる部分とかぬすみ聞きしてるみたいでにやにやしました。私はアルプス一万尺とかスピードは速さを求める方の小学生でした。会話の節々にももしかしてこういう時のかなっていうのが含まれていて面白かったです。不思議な空間でした。照明、音、装置も好みです。(20代)

・震災後のありそうな日常の様子がふかんで伺えて面白かったです。(30代)

○7/1 19:30~
・やはり、この作品を見ていて、まずは震災を思い出すのだけれど、映画の世界だと2016年は「シン・ゴジラ」「君の名は」という作品が出ていて、どちらかというと、5年くらい経った後に語られる「見方」というのがあるのだろうと感じました。特に、一幕のラジオのところで、火災があんなにもキレイなみたいな表現は、ちょっと「君の名は。」のいん石のシーンを想起してしまいました。
こういう会話劇って、ある意味リアリティとかそういう感情が求められると思うんだけど、劇を見ていたらリアルだなと思うところもあれば、そうじゃないところもあったかな。当たり前だけど、特に最初の家に来るシーンとか、2人はどれくらいの関係性で、どれくらいの間柄なんだろうってつかみにくかったかなと。多分もともと両手で数えるくらいしかあったことなくて、かなり久々の会った感じなんじゃないかなってそう感じました。でも、時間経つにつれて、2人が「あ、これは話題にしていいんだ」っていう空気の共通意識が出来てきたんだなってのは伝わってきました。
実際、仙台とかでも、いわゆる津波被災地で語られる震災の話は違うんですよね。でも、やっぱり今回の話って仙台とか内陸のほうに住んでる人の話だよね、と。ある意味、仙台くらいの人は災害に対するリアリティってそれほど持ち合わせていないんですね。その口振りがすごく伝わってきた。
あと幕間の照明はキレイでしたね。逆光の入れ方がまさに絶好な角度からの照らし方でしたね。砂ぼこりってあんなきれいになるんですね。
ちょっとリアリティの話に戻りますが、2人の関係性によって、そのときのリアリティって変わりますからね。個性によって語られる言葉も違うし、笑ってみたり、おどけてみたり、真面目になったりも違うよね。だからこそ、ある意味エチュードでやったやつだからリアルだし、人によっては(場面によっては)リアルに感じられないとこもありますよね。(20代)
・10-BOX で観ることができたのがラッキーだったなと思いました。
そのとき、一番話したいことをピュアに話そうとすると「会話」自体が機能不全になりそうになるけど、それこそ話して聞く価値のあることな気もして不思議だなあと思います。すてきな作品でした。情報のまとい具合が膨大でしたなあと。(20代)
・空間、沈黙、などの日常から切り取られた、というか日常そのものの空気をじんわりじんわりと感じることができました。(10代)

・○パンフにあった中村さんのコメントを観劇した後によみ、その通りだ、と思いました。
○アフタートークをきけてよかったです。
○きょり感…とても共感できました。見にきて、大変よかったです。
○美術もシンプルかつ、印象的で、“ふかん”でも見ている、自分でも感じるという2重で感じることできました。(30代)

・舞台にないシーンをけいこでやってみるという役作りのしかたは新しく楽しそうだと思いました。
これから自分たちもやってみたいと思います。
かみ合っているようでかみ合っていないような2人の雰囲気がとても好きでした。
おつかれ様でした!(10代)

・普段演劇はほとんど見ないが、今回の公演で演劇のおもしろさ、奥深さを見せつけられた。
考えながら、制作者の意図を考えながら見たのは新鮮だった。(10代)

○7/2 13:00~
・震災後のありそうな日常の様子がふかんで伺えておもしろかったです。(30代)

・普段の会話の風景を通してその中に深い題材があるんですね。私は東日本震災のこの悲劇をくり返さない為に昔の人がお地蔵さんをつくり、神社のようなもの、石ひを立てたことを思い出した。今回も同じことをして、残そうとしたりしている。あと人って、今の人って、「なんか」って言うこと多いんだなって思いました笑私も含めて。もう少し人の顔を客席側に向けてほしかった。それも演出なんですかね・・・すみません。(40代)

・会話ってすごい 舞台装置、演出がとてもきれいでした。(20代)

・パラシュートで未来におりることはできない、という一言が印象的でした。(20代)

・人の会話の手さぐりの向こうで災害の重さが浮かび上がる感じがおもしろかったです。(60代以上)

・いろいろなことをおもいながら、とても面白く見ました。またご案内ください!(20代)

・ふだんの会話がくりひろげられる感が面白かった。震災と重なって、経験者だから語れる身近な表現だなと思った。面白かったです。ありがとうございました。(30代)

・形を与えようのない感情が、時間とその間の思考によって、うすらと輪かくが見えてくるその経過がおもしろかった。砂をマケットにかける表現が、時を感じ美しかった。この家は天井が高くていいな。(30代)

・劇場というとくしゅな空間だったけど、人の女性の対話は、現代の日常会話で、きばつさが一切なかった。演劇ってそれこそ「劇的」なイメージだったのでそれゆえのたいくさもあったように感じた。大火災っていうせっていは現代にあまりないからどうなのかな気にしなくていいし、あえてのいわかんでいいのかなと思いました。

・『再開』のように、小さなちょっとした、エピソードを話してるのは面白いというか、何か良かった。『暗くて』『二十一世紀』も見ているけど、たぶん良かったとは思ってなくて、『再開』とこの作品は良かった気がします。それは、自分の見方考え方が変わったような気もします。(20代)

・見えない部分を想像させる作品でした。来ることができて良かったです。(20代)

・Aさん、幕で「髪きった」と思いびっくりしました笑自分と友人の会話を見ているようでした。お疲れさまでした。ありがとうございました。(20代)

○7/2 18:00~
・居心地の悪い心地良さ(?)を強く感じました。多分これは2段目以上に座っていたら違ったのではないかな、と思った。2人の顔立ちや髪型から連想される性格とは真逆で、下手の方は日本人らしい様なイメージがある(演技を通して)。逆での演技も観てみたい。考察というものは苦手だけれどももう一度観て考え直したい作品でした。
アフタートーク後→震災は体感していないので、風化が進んでいることは非常に感じている。ナッツは時間の経過、は初めは気持ちの重なり、ずれと考えていたので不思議だった。震災を知らない為どうしてもTVの映像が全てで上手い反応ができないなあと…(10代)

・テーマは良かったと思うのだが、いかんせん退屈だと感じてしまう場面が多いしばいであったと思う。それはやっぱり私が関東の人間で、震災について大きな思い出を持っていないからかもしれないが。(20代)

・大沢さんにお声がけしてもらって忘れずにすみました。ありがとうございます。
本人たちにはイミがあっても他人にはどうでも良い日常?
でもそれがスナのようにつもって世界はまわっている
タンタンとして芝居というのも演じていてどうなのでしょう?(50代)

・せんさいにていねいにつくられているように感じました。
話している事柄(?)もしくは出来事(?)もしくは感情(?)なのか、よりかじょうにディテールが役者のセリフとして語られる場面がもう少し必要な気がしました。
「とおくてちかい」or「ちかくてとおい」ということは、いたるところに感じました。そう感じたから必要と思ったのかも。(30代)

・AがBに期待すること(気づかっているところ)、BがAに期待すること(気づかっているところ)
それが伝わるときと、すれちがうときを変に深読みしてしまいました。(20代)

・新しい形の芝居でした。内容は真っ白だったり、あんこ買ったり(水あめ、果物のキンカン)たしかにしてました。前に話したことを又、話してみたり、ある!ある!
アフタートークで内容深まりました。(50代)

・(今日、家をでるのがギリギリになって、高速2時間トばしてきてて、)
イスに座って黙ってる時間が、舞台上の2人も客席側の全員も共通して、あって。今日よけいに「演劇って、こういうことなんだよなあ」とイスに座って黙ってるお客さんも、「みんな生きて(ガンバって)るなあ」と観劇。
音楽素敵。トランペット効いてる。
舞台奥のミニチュアシーン。あれが観終っても尊い。
(砂(?)粒のものをkぶっているミニチュアも尊い)
役者…役者めっさ[超]ナチュラル。
舞台、とくに棒(柱)が良い。
足がテーブルの下で芝居してた。(30代)

・今回はじめて拝見しました。会話だけの演劇、自然であり又不思議な感じでした。
砂をかけるシーン、印象的でありラジオも効果的でした。
色々な演劇の作り方があるなと思いました。(50代)
・とおくはちかい、は とおくはちかかったら良いのに、も
絶えず抱くのかなと 見始める前はもやもやありましたが
からっと風がふいた感じでした…(20代)

・二人だけの世界が思ったより広く感じられた。
客席の雰囲気が、というか、お客さんの自由度が高くなった気がした。どう見るかを委ねられている感じ。
時間と場所で色も違うし、二人の関係性も、明らかに変わっていて面白かった。
ナッツとあんこ、良い効果になっていた。
ラジオの音声がまた、別の場所・時間に飛ばしてくれて。この空間だけでどれだけ広い話なのか。(20代)

・複数人での独白は、お互いの関係性の中で語られるということを考えました。
2人の手記を読んでいるような。人や物事など、自分と色々な物事との距離感はその時々によって変わっていって、私はどんな出来事を「思いださない」という選択をするのだろうと思ったりしていました。
(忘却はあかるいという言葉も含め、何度も思い出すことになる作品だと思いました)(20代)

○7/3 14:30~
・2回見ました。まきたさん側、村岡さん側
間のあいだの顔が見れてよかった。人がとっても良いです
間のあいだの現実あるなあと思いました
横浜行きたい(30代)

・不思議さのぞくっとした感触を感じました。台本があるということ・・・・・(不明)

・自分を認識していない人の話をここまでじっくり聴くことは非日常的でしたが、目の前で行われていることの日常性は非常になまなましく感じました。見ながら、自分の記憶に思いをはせる瞬間、私が取り残している心がないかどうかを考えました。俳優の首と砂ぼこりが美しかったです。(30代)

・柿喰う客みたいに、これの男Ver.も観てみたいと思いました。女の人の、脱線を楽しむ会話とは別の、本質しか語れない男の会話も聞きたいと思いました。(不明)

・客席と舞台の境目がわからないような感じでふしぎでした。砂のところがきれいでした。じぶんの経験と重なるところがあって、もう一度考えたくなりました。(20代)

・このような静かな人しばいを見るのは初めてでした。時々思い出したように話し始めたり、はたまた時々次の話題を探すように黙り込んだり、なんだか二人の関係を見ていてリアルを感じました。(20代)

・良いのか悪いのか分かりませんが、もどかしかったです。体がキンチョウしっぱなしで、息が詰まってました。でも、友だちと話してるとたまにあるなあと思いました。面白かった。とは違いますが、観に来れて本当によかったです。ありがとうございました横浜公演もがんばって下さい ★砂がキレイでした!!!(10代)

・出来事と、人々の関係性、当事者性奇しくも、「安住の地」のテーマと近いものを感じた。のぞき見感、よひ。見えないときの音、よひ。(20代)

・本当に久しぶりに演劇をみました。はじめせりふがよく聞こえなかったこともあり、この人はなんだろうこの場はなんだろうと思いました。そのおもいは最後までありました。もしかして、人は、もうこの世にいないのでしょうか最後までふしぎさが残りました。あの震災がもたらしたことを考えてしまいます。(60代)

・20代の感性なのかなあと☆ ごく日常や記憶にとらわれた時期が自分にもあった。今も、どう物事を想起するか。カコのできごととどう描くかは興味があるものである。が、それを超えていく岡崎京子的感性で生きたい自分は、と。ほかの作品もみてみたいです。(30代)

・直接いいます。あ、でもいい芝居だと思いました。(30代)

2017年7月5日水曜日

「とおくはちかい」仙台公演アンケートまとめ①前半戦

「とおくはちかい」でご記入いただきましたアンケートのうち、公開可能なもののみ公開いたします。誤字脱字などはそのまま反映しております。
ぜひ観劇の際の参考にしてくださいませ。まずは、6/29ソアレから、6/30ソアレの全3回分をどうぞ!


屋根裏ハイツ 4F 「とおくはちかい」
仙台公演アンケート

○6/29  19:30〜
・美術がとても美しかったです。特に木くず?を模型にかけるところはとても見ごたえがありました。ただ、冷房の音らしきものがずっとうううううってなっていて気になってしまいました。みているときは全然違うことを考えたりしちゃったんですけど、みおわったあとに、じわじわとしみこんで、深い味わいを感じることができました。
個人的には、もう少し刺激がほしかったかな、と思いました。お祭りの話とか、もっと抱えている感情をみたかったなと思いました。(20代)

・会場内の温度がとても丁度良くてうれしかったです。(20代)

・「方丈の海」→「埋もれて、白い」→今回っていう影響を受けているような印象の物語。
なんかザラッとしたものはあって、ハイツっぽいなあって思うけど何か、「フツー」って思ってしまっ
て、震災と直に向き合うような作品だからかな、と思うけど。とにかく見ている間、内側での言葉は止
まらないし、身体のギュウ/ギュッてした力の入り方は止まらないし、辛かった気持ち悪くなった。そ
れは震災関連の作品を見た時にいつも起こります。
牧田さんからタキハラさんの匂いがする。オーラ?雰囲気?
あずきを渡す時にとむらいだ!!って見えた 
あずき→震災のことを思い出すもモノを知らない人に渡すことがあった
ミニチュアの舞台に砂をかけた時にミニチュアの舞台がそとばのある墓に見えた。
頭のいい作品だな、とは思ってしまう。牧田さんは賢いなあみたいな気持ち。
とめどなくかいたら恥ずかしくなったので、私がかいてることは忘れてください。
ラジオ聞きとれなかったからもう1回見たいけど時間経ってからじゃないと無理だ。
「なんできたんですか?」被災した人の記憶って新鮮なイメ―ジ。傷としてずっと残ってる言葉/傷。
語ることによって救いになる、いやされる、と聞いたことがある。
「とおくはちかい」私はいまだに震災のできごとが近いせいなのか震災作品を見たり言葉にしたりすると、すごく辛くなる。いまだに。私は。(20代)

・知りたい、話したい、分かりたいとう欲求のない二人の会話は不思議だ。ただ、AとBの関係性(家
に上げるなどの間柄、女同士、同世代)を考えると、成立しがたい会話だ。不思議だ。
アフタートークで「配慮」とあったが、その意図があったのか分かりませんでした。AとBには互い
の姿が見えているのか。一方的なラリーのように見えて、「会話」だったのかどうか、分からなかった。(30代)

・声の“小ささ”が、会場、内容と非常に合っていました。リアリティがあり、自分の(被害をあまり受けていなかった被災地住民としての))感覚と合致するところも大きかったです。
舞台演出と美術が美しく、終始居心地のよい時間を過ごしました。(20代)

・キツネにつままれたとかタヌキにばかされたとかそんな体験はないけれど、してみたいとあこがれることもある。(50代)

・幕が変わる際の砂時計を思わせる時間の経過表現、そして砂にうもれていく過去…そんな印象を受けました。演出に災害の被害者(当事者)とその友人のどこまで立ち入って話して良いのか、一種の遠慮を抱きながら、当たり障りのない話で互いの考えを汲み取ろうとする、静かなテンションが良かった。観た三作品では今作がいちばん好みの作品でした。(40代)

・とても不思議な感覚でした。次に何が起こるのか、まったく想像できず、もしかしたらケンカがはじまるのか、片方が泣き出すのか、そんなハラハラした気持ちで見ていました。一本立った柱が墓標にも見えました。おつかれさまでした。(20代)

・大変面白かったです。その場で自分が話を聞いているような、きき耳を立てているような感覚でした。お疲れ様でした。(20代)

・日常の「言葉にできない感じ」の差異限度は凄いと思ったが、声が小さい舞台が好きじゃないので面白いとは感じない。(20代)

○6/30 14:30〜
・真っ白というのは空っぽではなくてしろと言う色なのですね。(20代)

○6/30 19:30〜
・僕は他人の会話には大して興味が無い人だという事が良くわかりました。(20代)

・内容はよく分かりませんでした。でも、ずっと見ていられました。私もこういう相づちしちゃうなーとか、こういう距離感の友達いるなーとか。椅子とか模型とか手作りですかね?舞台の感じ好きだなーって思います。今日はありがとうございました!
封筒のマーク、これめっちゃかわいいですね!!(20代)

・自分は震災の時のなにを覚えてるっけな、と考えながら見てました。うしろの砂?かぶった小さい部屋がきれいで、二人の話ききながら小さい部屋ずっと見てしまいました。特別なエピソードにはならなくても、こういう日常のなかに忘れられない思い出が語られるのかな、と思いました。(20代)

・ヒトは何のために会話をするのかなあ、とぼんやりと考えながら観させて頂きました。(10代)

・これまでで最も静かな時間が流れていた、と同時に、二人の間によこたわる、どうしようもない時間が、膨れ上がるような。パン生地の呼吸のような。微かな音がとてもおおきく感じ、何気ない仕草の一つひとうが意味深く感じられ、何よりも、言葉を発していない時間が雄弁に語っていたのが印象的でした。(20代)

・不思議な感覚でした。おもしろかったです。なんかこぞばゆくてときどきゾクゾクしました。色々考えて、色々思い出して、何かわかんないけど同じようなこと見たことあるような。抽象的でごめんなさい。おふたりとも可愛いかったです。あと砂の匂いがよかった。(20代)

・賃貸に10年住んでます。10年・・・とちょっと考えてしまいました。わからないけれどわかろうとするやさしさとか、居心地のわるさとかあー、こういうのある。。と共感しつつ。。ミニチュアがすてきと思いながらみてました。(40代)
・まだ消化しきれず、もやもやするのですが、2人の間にふりつもっていく通じ合えない時間とか、共有できない感覚とかが私の中にもふりつもっています。10-BOXで芝居を見るのは実は初めてうれしいです。(20代)

・なんとなくですが、私も会話に参加しているような気持ちになって観ていました。パンのくだり最高でした!しばらくちらついて離れなかったです。ツボです。今までの屋根裏ハイツさんの作品と比べるとだいぶ入りやすい雰囲気で楽しめました。たくさん共感することができた印象です。(20代)

・砂の演出がとてもきれいで印象的でした。それが何を指すのか私にはまだわからないけれど家に帰ってやる宿題みたいなものになりました。女性2人の会話、そうそうこんな感じ(内容、テンポ、空気など)って同性として楽しく見れました。リアリティここまで出せるのは素直にすごいと思いました。おつかれさまでした。明日以降もがんばってください。はさみこみありがとうございました。(20代)

・他人?は人、メディア、周りと風化して当事者?は周り、メディア、人(本人)と風化する感じ。前2つよりわかるし、おもしろく見れた。仕事おわりには眠いが。言い切れなさには種類があると思うが「伝わらない」ことがわかって「やめた」パターンと思った。(20代)

・久しぶりのような、これが最適の時間(期間)であるような友人と会う時、話したいことはいろいろあるはずなのに、考えや言葉が出てこない、まとまらないことがあります。大きな出来事がそれぞれの身の回りという世界で起きており、互いに理解しようとしてもできないこともあります。そもそも無理な話しなのかもしれませんが。空白のようなきょり間がどこかここちよかったように思います。(20代)

・時間と、ちょっと身に覚えのある気憶と、そうしたことを、そういうことに対してどう我が身を処していくのか、というお話だと思いました。「自分に関係ある話し」と私は感じましたが、さて。津波が引くと、細かい砂が残って舞い上がり、私はぜん息の発作が子供の頃以来久しぶりに起こって、病院に運ばれたのを思い出しました。さらさらと隠やかに月日が、流れてくれるといいのに。(30代)




2017年6月17日土曜日

連載:とおくとちかいをかんがえる。①

今回は稽古日誌も特に付けてない。稽古場で共有するのは別に詳細のがあるけど。でも何か書こうと思い勝手に連載をはじめます。隔日更新的なイメージで。

あ。演出の中村です。これは演出ノートの長いやつみたいな、思考過程だだもれ的な読み物です。

まず、この作品「とおくはちかい」は「ある大きな出来事に対する、当事者と傍観者の記憶と忘却の速度の違い」をテーマに据えています。この作品をやるにあたって、きっかけとなった出来事について、話してみたいと思います。(見る人が見たら、なんのことか特定できるとおもいますが、名前とかは伏せます。)


去年仙台で、ある写真家の展覧会のギャラリートークがあって、東京在住の詩人の方とのトークセッションがありました。僕はそれを聞いていました。

写真家の方は東日本大震災によって、津波被害を受けた土地の出身で、被害を受けた自分の町を3.11以前も以後も取り続けていて、その展覧会にはその町の写真も展示されていました。展示はとても印象深く、素晴らしいものでした。

そのトークはもちろんその展示に関することで、東日本大震災に関する言及も少なからずありました。例えばそれは「〇〇さんの写真は震災以降大きく変わった」「そして、ある地点からは、その“混乱”を踏まえ、以前の作風に戻ってきている」というような言葉だったと記憶しています。この言葉を受けて写真家は「うーん、自分はそうは思いませんが……」と反応していました。(すみません、全然違うかもしれません)

ぼく自身はその詩人の方の物言いに、強い違和感を感じます。そのうち、彼の物言いが、写真家に、またこのトークをしている空間全体とは相容れないものとして浮いているような、そんな感覚になりました。終いには、彼自身が、この空間に対する違和感として存在しているような、そんな気さえしてきたのです。途中でそのトークは集中できなくなって離席して、あらためてその展覧会をみることにしたのでした。

このとき、ぼくは別の話を思い出します。たまさか、その写真家が、東京でトークイベントをしたときのこと。ぼくの友人がそれを聞きにいったとき、この正反対の状況になっていた、そうです。震災に関する、その写真家の物言いが、東京のその会場では浮いていたように私には思えた、と友人は言いました。聞いた話なので、そのイベントが実際どういったものだったのかはわからないのですが、そんな空気になることが自分には想像できませんでした。

このことが、しばらくぼくの頭のなかにひっかかっていました。もちろん、地域でそういった線引きをすることはナンセンスだな、とも思います。ある出来事に対してコミットする人としない人がいるというのは、単純に地域だけの問題ではありません。

ただ、その場で感じた空気と違和感について、それからその友人の話について考えてみたい、というのがこの作品に取り掛かる一番はじめのきっかけだったように思います。
だから、今回は仙台ではない地域でも上演したいと思ったのでした。2人の会話劇で、ある地域の観客と、仙台の観客はそれぞれ反対の立場の人物に寄り添って劇を見る…というような反応に差異が出るのではないかなどと安直に思いながら。

そして、舞台上の出演者にも、東日本大震災当時に東京にいた人と、仙台にいた人を実際にあげることで、「大きな出来事に対する人々の距離感の違い」をダイレクトに表すことができるのではないか、そういった狙いがありました。
ました、ということは、このあと当然のように、紆余曲折があります。続きはまた明日にでも。

(つづく)



2017年4月26日水曜日

『とおくはちかい』公演情報

屋根裏ハイツ4F 演劇公演
とおくはちかい
作・演出 中村大地
身に起きた出来事を書き留めおく、話して話して話し続けていくうちに形になる。そうやって形になったことしか残らないし、あとからは知ることができない。
そして形になったそれぞれはいつも「言いきれなさ」を抱えている。整えられる前の、形になることのなかったたくさんたくさんの「言いきれなさ」を。
「忘れたくても思い出さない」と彼女は言った。その後ろにあったはずの「言いきれなさ」が、あっけらかんと今は明るい。どこにいったのだろう?
その向こうに何かないかと、ようく見てみることにした。何もなくてもいいんじゃないかと、どこかですこし思いながら。

【出演】
村岡佳奈
牧田夏姫

【仙台公演】
6月29日(木)~7月3日(月)
せんだい演劇工房10-BOX box-1(宮城県仙台市若林区卸町2丁目12-9)
6/29(木) 19:30~☆
6/30(金) 14:30~☆、19:30~
7/1(土) 14:30~、19:30~☆
7/2(日) 13:00~、18:00~☆
7/3(月) 14:30~

【横浜公演】
7月7日(金)~7月9日(日)
STスポット(神奈川県横浜市西区 北幸1丁目11−15 横浜STビル B1F)
7/7(金) 19:30~☆
7/8(土) 14:30~☆、19:30~☆
7/9(日) 14:30~
☆終演後、ポスト・パフォーマンストークを予定。
※上演時間は約70分。
※受付開始・開場は開演の30分前。

【料金】
仙台公演/横浜公演ともに
一般前売 2000円 
U-25前売  1500円
一般・学生当日 2500円
高校生以下 無料(要学生証)
☆初日割引(仙台公演のみ) 各種前売より500円引き

【チケット取扱】
Livepocket http://t.livepocket.jp/t/yaneura_4f
カルテットオンライン https://www.quartet-online.net/ticket/4f_yaneura-heights

【スタッフ】
作・演出 中村大地
制作 三澤一弥、渡邉時生
演出助手 佐藤立樹(はかばか)
舞台監督 武藤祥平(teamSHAFT)、山澤和幸
舞台美術 大沢佐智子
照明プラン 西邑太郎
宣伝美術 渡邉時生
制作協力 大森晴香

【お問い合わせ】
yaneura.heights@gmail.com
090-2976-4839(ミサワ)
http://yaneuraheights.wixsite.com

【主催 屋根裏ハイツ】
 助成 (公益財団法人)仙台市市民文化事業団 /(公益財団法人)宮城県文化振興財団
 協力 ARCT、teamSHAFT、はかばか

【屋根裏ハイツ yaneura-heights】
2013年、中村大地が演出を務める演劇カンパニーとして仙台を拠点に設立。少数のメンバーで話し合い、常に疑いの眼差しを演劇へ向けながら試行と実験を繰り返し、人が生き抜くために必要な『役立つ演劇』を創出することを目的とする。最近の活動として2014年10月『暗くてなるものか』、2015年12月『二十一世紀旗手』、2016年4月『再開』を発表。最終的には家を建てたい。

2016年9月27日火曜日

3F『再開』お客様の感想(後半分)

前半へ


430日マチネ】

・客席と舞台が一体になっていて、語り手との対等な感じがあって良かったと思います。アフタートークを聞きながら、小学校の時にまことしやかに話されていた、トイレの花子さんやこっくりさんも口伝だなぁと思いました。口伝って、とても力を持っていると感じました。面白いこころみだと思います。また、続けてほしいです。(20代)


・自然と引き込まれていきました!なんか情景を自分で勝手に想像して聴いちゃいました(^v^)(20代)


・アフタートークでいよいよおもしろくなりまたみたくなりました(40代)


・祖母と母が寝る前にしてくれた話に似ていた。いろりを囲んで聞きたい話だった。これは演劇か?と思ったが、最後の話で(演劇だと思った)、周りの雑音が気になり始めてこれは演劇なんだと思った。(口伝を目の前でやられている変化が起こっているこれがストーリー?=演劇、に見えた)最後の話では、民話・伝承の持つ受けつがれてきた感じと、話し手のもつ、実際に体験したかのようなリアリティがあった。(アフタートークで理由が分かった)(10代)


・口伝を取り入れた形に挑戦した事、そこに驚きを覚えた。語りのパートに入る際の枕詞も大事に扱えば、もっと引き込まれ具合が変わるかも、個人的には「旗手」より距離感等は好きでした。とくに「うなぎ」の話(40代)

430日ソワレ】
・なんとなく、夕方とかに観たく(聞きたく?)なる感じでした。ほかの人が話すバージョンも聞きたいですね。どう話すんだろう、どう感じるんだろう。コーヒーおいしかったです。(20代女性)

・以前、「物語は口で伝えられた、それこそが物語だ」という話をききました。物語をありがとうございました。(20代)

・濃縮還元、純粋、みたいな。近所のスーパーの近くの道と公園、夕方、家の裏の山、笛の音。ズレて変わっていく語り、語りつがれてかわっていく、語られたそのものも変わる。嫌い嫌いと言っていたけど、今回のはすごく好きでした。1Fしか客として観てないから嫌いも何もないけど。(20代)

5月1日マチネ】
・ハードコミュニケーションってそういうことかーとなるほどと思いました。昔、祖母が語る昔話と母が語る昔話が、同じストーリーなのに何か違くて、その違和感が嫌なような、新鮮でおもしろいような、そんな風に思ったことを思い出しました。どの話が元々なのか、すべて似た違う話なのかといろいろぐるぐる考えました。円になってお話を聞く、学校のような大学のような、修学旅行の夜のような、この感じ好きでした。今までの大地さんの作品の中では一番好きかもです。居心地が良かった。(20代)

・独特な脚本と演出だと思いました。最後は不可思議な感覚に柔らかく包まれているような印象を受けました。ありがとうございました。(10代)

・とても心地よい時間でした。内に内に語りかけられるようなしっとりとした話だな、と思いました。真昼の公演でしたが、夜の会にも来てみたかったです。(10代)

・時間 口々(演出)に伝える、民話(今?昔?) 一対一(多) 円、静寂 むくじゃらさん はだし 「やります」「話します」 落語 客、体
わかりやすく好き、キライの出る話 襷
嘘の吹聴と時の経過したイメージがむすびつかない民話 
村長さんと歩ちゃん 対比的な在り方
千秋楽も頑張ってください(20代)

・昔から今まで数えきれない出来事があって、大きいことも小さいことも、語られないことも語ることも、1つの世界の中でうめつくされているのだと思った。それは、でも、事実かどうかはわからないし、語るもの、体験するものの主観的な感情でしかないのだと思った。(10代)

・遅れてきたので、話の輪から外れた、ベンチからききました。話の密度が届く空間について考える機会になりました。繰り返されることで、選択されたもの、捨てられるもの、追加されるもの。人がメディアになった時、そのあたりの揺らぎがあるのが面白かった。
熟語がわりと多用されているところに、テキストからはじまり語りになっていったものだと感じとれました。語りの空間に慣れると、最小限の照明の操作だけで、集中力が持てるものなんだと感じました。(30代)

51日ソワレ】

・人によって内容もオチも違うので、違いを楽しむ感じで聞きました。内容はわかっても、共感できない内容だった気がします。軽音バンドの歌詞みたいな語りにもきこえました。(20代)


・西和賀から少し時間をおいてみさせていただきました。昔から、口伝や昔話というものが好きで、今回も観るというよりは聞きに来ました。語り継ぐ、ことで話が形成されていくというのがとても面白いです。一本の話の中に語り手の感情というか、人柄というか、そういったものが付与されていくことでこういった昔話や言い伝えというものが出来上がるのだと思います。作中に人格(男の子の性格?)の話がありましたが、人格形成と同じように物語や民話というものも、そういった周りからの付与によって成立するようになるのではないかと感じました。
一言でまとめると、前回よりも、話に人格が出来ていて、リンカクが分かるようになっていて楽しかったです。20代) 


以上、いただいた感想でした。
ご覧いただいた、また掲載許可していただいたお客様にお礼申しあげます。